祈る思い

おはようございます。
竹本です。

唐突ですが、私、
中村天風先生の影響を強く受けてまして、
その出会いからは早10年以上が経ち、
関連書籍を合わせれば20冊くらいは読み、
繰り返し読んでいる本も多数。

それでもまだ手を出していなかった1冊1万円クラスの本x3があり、
なんとなくまだ機が熟していないと感じて、購入を控えていました。
それが偶然にも県図書館にて、その1冊と出会えました。

中身は音声で何度もリピートしていたものとほぼ同じ講演録です。
なのになのに、読んでみれば目から鱗。

言葉では覚えていたものの、暗記していただけなのか、
未熟過ぎて理解できていなかったのか、
ようやく気が熟したのか、1講演1講演、
ずっしりと肚落ちして、生活が変わる。

次の講演を読むのはだいぶ先でいいやと感じる重たさです。
文章はかなり読みやすいのですがね。
とてつもないお方です。

前置きが長くなりましたが、
本日の幸之助さん。

「祈る思い」
みずから何もせずして
ただ神仏にご利益を願うというようなことは、
人間としてとるべき態度ではないと思う。
また、そんな都合のよいご利益というものはあり得ないだろう。
しかし、人間が本当に真剣に何かに取り組み、
ぜひとも成功させたい、させねばならないと思うとき、
そこにおのずと何ものかに祈るというような気持ちが湧き起こってくるのではないか。
それは神仏に祈念するというかたちをとる場合もあろうし、
自分なりにそれに準ずるものを設定して願うという場合もあろう。
そういうことは一つの真剣さの現れであり、
またみずからの決意を高めるという意味からも、
大いにあっていいことだと思う。

ですね。
真剣に努力してきて、つまり人事を尽くして、
天命を待つ。神仏に祈る。そういうことでしょうか。

その心構えだけは知っています。
私たちの世代は頭を使うことには長けている。
だから上で偉そうにまとめたくなる。

でも実際に初詣で祈るとき、
ふと自分の努力が十分なのかと自信がなくなる。
まだまだやれる余地があったし、
妥協もたくさんしていることも自覚しています。

こんな時に頭に浮かぶのはいつもイチロー選手。
友達と遊ぶのは我慢して、
小学校3年生までは年に半分。
それからは年に360日は激しい練習をしているから、
必ずプロ野球選手になれると、小学校6年生で断言している。

12歳の少年に、負けてはいられない。

竹本

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by decorer02 | 2017-01-08 09:00 | 竹本


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