吾唯足知

こんにちは。竹本です。
お盆休みをいただいていますが、欠かさず投稿しますよ!!

先日、とある家具職人さん手作りの多目的スペース?
キッチン・トイレ・シャワーもついて、寝るスペースもあり、
30人集まってもまだまだ広々としています。
ここのオープニングパーティにお邪魔してきました。

5年かけてゆっくりゆっくり、ほぼ一人で建てられています。
材料費もほぼ無料。仕事柄もあるでしょうが、全て廃材利用。
営利目的で建てたものではないので、
ご縁のあった方々とみんなで自由に使っていきたいと。奥さん。

お金をかけてやれば一瞬でできるけど、それはおもしろくないと、
旦那さんはこだわりの強い職人さんでした。
おもしろくないというシンプルな言葉に、
どんな想いが込められているのか、やたらと濃密でずっしりきます。

母屋の方も、まずは山を買うところから。
水道も電気も繋がっていない場所で、山を切り開き、
井戸掘りに道作りに、そして工房と家を力を借りながら建てる。

地に足を付けて一歩一歩じっくり味わって生きたい。この言葉も印象的。
ひとつひとつ、全てに魂が籠っているいることとお察しします。

完成形だけに目を向けて、
その材料がどこでどう育ってきたのかや、
その素材をどんな思いと技術で創造していくのかなど、
大量生産大量消費からくる使い捨て文化の社会では
その過程を無視している傾向が強く感じます。

結果良ければ全て良し。ではありません。

全部自分でDIYする本来のお百姓さんのみならず、
”しごと”に魂を込めて”志事”をする職人さんが珍しくなり、
サラリーマンの給料は我慢代と言われるようほど、
誰かに仕えてストレス溜める”仕事”が当たり前になってしまった。

完成形を手に入れると、後は減価償却の言葉通り劣化していく。
古くなったらゴミとなり捨てられ、また新しいものを買う。
そして環境が汚れていく。人も住めなくなっていく。

職人さんの魂が籠った物と知れば、大切に扱うだろう。
実用的で使い勝手が良く、丈夫で長持ち、見た目にも美しい。
そして使う程に美しさを増していく用の美はどこへやら。
世代を超えて役目を果たした後も、また別の資源となって活かされる。
素材を取ってくる行為ももちろん、環境破壊でなく、
豊かな環境・多様な生態系維持に一役かっています。

古人の知恵が凝縮されていた伝統文化・技術は消えるのか?

お盆を機に少しだけ、嘆かわしいことに思いを馳せ、
既に始まった秋の過ごし方を考えています。

やはり、社会を変えるなら消費の仕方を変えるしかないかな?

「使い捨て⇒吾、唯足るを知る」がその第一歩かな。

とは言え、結果良ければ全て良しではないので、
結果に異常な執着はしません。変えようともしません。
恐竜が絶滅したように、人類も絶滅する運命かも知れません。

ではどうするか?
ハチドリの生き方を見習いたいものです。

長くなりましたが、今日は終わります。
最後まで、ありがとうございました。


竹本

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by decorer02 | 2015-08-13 09:00 | 竹本


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